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東京高等裁判所 昭和31年(う)418号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 宮坂忠彦

弁護人 正木亮 外一名

検察官 川口光太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人ならびに弁護人正木亮、同正木捨郎連名提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

一、弁護人の論旨第一点ならびに被告人本人の論旨中、法令適用の誤りを主張する点について

所論は、「被告人の原判示一の(一)の誘拐の所為は、刑法第二二四条所定の未成年者誘拐罪に該当するものであるにかかわらず、原判決が営利誘拐罪の規定である同法第二二五条を適用して処断したのは違法である。」というのである。しかしながら、未成年者に対する誘拐行為であつても、それが営利の目的に出たものであるときは、刑法第二二四条を適用すべきではなく、同法第二二五条によつて処断すべきことは右各法条の文理上明らかであるのみならず、その立法趣旨に照らしてもまた疑を容れる余地がないから、本件の被害者たる原判示大谷正美は未成年者ではあるが、もし被告人に営利の目的があつたならば、その所為は単なる未成年者誘拐罪ではなく、刑法第二二五条所定の営利誘拐罪が成立するものといわなければならないのである。換言すれば、本件被告人に営利の目的があつたと認められるかどうかという点が、問題を解決するに最も重要な焦点になるわけである。そこで、刑法第二二五条にいわゆる「営利の目的」というのはいかなる意味であるかという点について考えてみると、誘拐罪の保護法益は人の自由であることは刑法における同罪に関する規定の地位と、その規定の内容に照らして明白であるから、刑罰加重の要件である「営利の目的」という観念を定めるに当つてもまた右の立法趣旨にそうように解釈しなければならないのは当然である。ところで、刑法が営利の目的に出た誘拐を、他の動機に基くそれよりも、とくに重く処罪しようとする理由は、原判決も詳細に判示しているが、要するに営利の目的に出た誘拐行為は、その性質上他の動機に基く場合よりも、ややもすれば被誘拐者の自由に対する侵害が一層増大される虞があるためであつて、とくに被誘拐者その他の者の財産上の利益に対する侵害を顧慮したためではないと認められるから、刑法第二二五条にいわゆる「営利の目的」とは、ひろく自己又は第三者のために財産上の利益を得ることを行為の動機としている場合の総てをいうものではなく、被誘拐者を利用し、その自由の侵害を手段として、自己又は第三者のために財産上の利益を得ようとする場合に限るものと解すべく、ただそれは被誘拐者を利用するものである限り、必ずしも誘拐行為自体によつて利益を取得する場合に限らず、誘拐行為後の或行為の結果、これを取得する場合をも包含するものと解するのを相当とする。

よつて、進んで、本件被告人に、果して右に述べたような営利の目的があつたかどうかという点について審究すると、原判決が証拠に基いて認定した被告人の所為は、要するに、釈放の代償、即ち、身代金を得る目的を以て原判示大谷正美を誘拐したというのであるが、かように釈放の代償を得るために人を誘拐するのは財産上の利益を得るために、被誘拐者の身体を自己の支配下に置き、その自由を制限するものに他ならないから、それはとりもなおさず被誘拐者を利用して自己の財産上の利益を得ようとするものであつて、刑法第二二五条にいうところの営利の目的を以て人を誘拐したというのに該当するものといわなければならない。原判決は同条にいわゆる営利の目的という観念をひろく解し、「自己又は第三者のために財産上の利益を得ることを行為の動機としている場合はその利益を取得する手段、方法については何等の制限はない」という前提に立ち、「被誘拐者の身体を直接利用しようとする場合であると、そうでない場合とによつて差異を生ずるものではない。」と説明したうえ、被告人を営利誘拐罪に問擬しているが、営利誘拐罪における「営利の目的」とはさようにひろく解すべきものではないことは、さきに、判示したとおりであるから、この点に関する原判決の見解は必ずしも正当であるということはできないけれども、本件被告人の誘拐行為は、右に説明したとおりの理由により刑法第二二五条所定の営利誘拐罪に該当するものであるから、同法条の規定を適用処断した原判決の法令の適用は結局において正当に帰するものというべく、原判決には所論のような法令適用の誤りは存しないといわなければならない。

然るに、弁護人は、「原判決のような見解はわが国明治以来の刑法立法の沿革に照らして正当ではない。ことに明治三四年の刑法改正案においては、犯人が自己の利を図る手段として用いる場合と、被誘拐者の身体を利用して利益を得る場合とを区別し、前者と後者とを別条に規定している点からみても、営利の観念に二種あつて、現行刑法第二二四条の規定(控訴趣意書に第二二五条とあるのは誤記と認める)中にも営利の場合のあることが明らかとなり、明治三四年案の第二六四条第三項に該当するものが含まれていることは一点疑の余地がないのにかかわらず、原判決が利を営むが為の誘拐行為を総て刑法第二二五条の営利誘拐を以て問擬したのは不当であり、かつ罪刑法定主義にも反するものである。」と主張しているが、さきにも一言したように、いやしくも営利の目的を以て誘拐行為をした場合には、その対象たる人が未成年者であると否とを問わず、総て刑法第二二五条の罪が成立し、同法第二二四条の未成年者誘拐罪の成立する余地はないと解すべきものであつて、右の見解の正当なることは、所論援用にかかる明治三四年の刑法改正案第二六三条、第二六四条と、現行刑法第二二四条、第二二五条とを比較対照しても容易に是認しうるところである。また弁護人のその余の所論は、主として原判決が刑法第二二五条にいわゆる営利の目的をひろく解釈したことに対する非難であるところ、この点に関する原判決の見解がやや当を得ていないことは前に判示したとおりであるが、これを狭義に解しても、なお本件被告人の行為は営利誘拐罪に該当すると解すべきものであることもまた右に詳細に判示したところによつて明らかであるばかりでなく、その解釈は決して罪刑法定主義に反するものと認められないから、結局原判決の法令適用は正当であるというべく、所論は遺憾ながらこれを採用することができない。論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

弁護人正木亮外一名の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用に誤があるから刑事訴訟法第三百九十七条によつて之を破棄しなければならない。

原判決は被告人宮坂忠彦の行為に付き「被告人は業界雑誌発刊の準備をしていたものであるが、その資金に窮した結果、一、昭和三十年七月初頃トニー谷こと大谷正太郎の子供を誘拐して大谷より身代金を獲得しようと決意し、その住所等を調査した上、同年七月十四日上京し、翌十五日午後一時頃東京都大田区新井宿六丁目六百七十八番地の大田区立入新井第四小学校正門附近で、同校から同区新井宿四丁目千六番地の両親のもとへ帰る途中であつた同校一年生大谷正美(昭和二十三年八月二十五日生)を呼び止めて、同人に対し、予ねて用意して来た同人一家の雑誌掲載写真の切抜を示しながら「自分は此の写真を撮つた雑誌社の者だが、今度は君一人の写真を撮つてあげるから一緒に行こう」と嘘や甘いことを言つて、年少で思慮の十分でない同人をして、即座に被告人と同行させることを承諾させ、之を同所から連れ去つて、もつて同人をその両親の保護のもとから離して自己の支配下に入れた上、之を伴つて同月十六日朝前記被告人の自宅に着き、以来同月二十一日夜被告人が逮捕される迄の間引続き同家に同人を起居させて、もつて営利の目的で誘拐し、二、右誘拐の間において、同年同月十六日午後三時頃武蔵野市吉祥寺井の頭郵便局で大谷正美の父大谷正太郎に宛てて「正美君を暫時拝借、悪人の仁義として生命は保障するから安心せられ度、但茲数日中に金二百万円の身代金と交換の条件なり。当局等と連絡は貴方に不利な結果を及ぼすものと自覚あり度し、当方よりの連絡を待たれ度。」 と書いた手紙を同局に速達で郵送を依頼して提出し、情を知らない係員をして之を翌十六日朝大谷正太郎方に送達させ、之を見た同人をして、二百万円を提供しなければ、右正美を引渡して貰えないばかりか、正美にどんな危害を加えられるかも知れないと畏怖させておき、更に同月二十一日に至り、朝から数回に亘つて東京都内の公衆電話で、右大谷正太郎方に電話し、同人に対し「二百万円を自分の指定する場所に持参して貰い度い」と要求し、右要求に併せて「同日中に右金員授受の解決がつかなければ、正美君の身にどんなことが起るかわからない」という意味のことを告げ、もつて同人を前同様に畏怖させて金員を喝取しようとしたが、同日午後十時二十分頃渋谷駅附近で警視庁係官に逮捕されたためその目的を遂げなかつた」と認定した。この事実の認定に対し、被告人及び弁護人は何ら争うことなく之を是認したのであるが、検察官は被告人の右誘拐行為を以て営利誘拐罪に該当するが故に刑法第二百二十五条を以て問擬すべきであると主張し、弁護人は之は単なる未成年者誘拐と見るべきであるから刑法第二百二十四条を以て問擬すべきであるとの主張をなした。之に対し原判決は次の通りの説明を以て之を営利誘拐罪と断定した。即ち「刑法第二百二十五条に所謂「営利の目的」とは自己または第三者のために財産上の利益を得ることを行為の動機としている場合という意味であつて、その利益を取得する手段、方法については何等の制限はないと解する。蓋し、刑法が「営利の目的」に加重拐取罪の要素として特に定めた所以は、略取誘拐(以下単に誘拐と略記する)が営利の動機で行われる場合には、犯人は被誘拐者を利益追及の単なる手段、道具とするの結果、その支配の仕方において、右の意図のない場合に比し、遥かに、被誘拐者の自由に対する侵害が強大になり、その生活条件を悪化せしめる危険性を帯びること、誘拐が行われるに当りては、その動機となるものは種々雑多であるが、営利の動機は他の動機よりも犯人を犯行にふみきらせる力が極めて大であつて、営利の動機には犯行の実現を高め、之を次々に誘発する力が包蔵されているので、斯る動機に基ずく犯行は他の場合よりも之を禁遏するの点があること及び人をその真意に反して誘拐することが道義上非難に値することは論を俟たないが、営利の動機に出でるときは更らに之が加重され行為者の反社会性乃至道義的非難性が増大することを認めたためと解され、これ等の誘拐が営利の動機で行われる場合その違法性等が増大するということは、苟くも営利の動機に出でる以上すべて同様で、その利益を取得する手段、方法の如何によつて差異を来すものではないと考えられるからである。この点に関して、刑法第二百二十五条が「営利の目的」と併せて規定している「猥褻または結婚の目的」については被誘拐者を猥褻行為または結婚の対象とすることが行為の動機となる場合に限ると解される点より観察して、「営利の目的」についても右と同様被誘拐者の身体を直接使用して利益を得ようとする場合に限るべきであるとする見解もあるが「猥褻または結婚の目的」を以て為される誘拐は被誘拐者の性的自由を侵害する虞ある誘拐という点にその違法性等増大の主たる事由が認められて居ると解するのが相当であつて「営利の目的」がその違法性等を増大させる情状として取り上げられたのとはその立法の理由において異つて居り、この差異は単に法益侵害の手段方法の相違に止まらず、性生活に関する法益をも加味している点において質的な相違を来すものということが出来る。この観点よりすれば、現行刑法が「営利の目的」と「猥褻または結婚の目的」とを同一条項に併記したその仕方には多大の疑問が存する。さればこそ改正刑法仮案は之を別項に定めて居る。斯様に両者はその立法された理由が異つて居る以上、之を統一的に解釈しなければならないという根拠はなく、それぞれその立法の理由に従つて之に適合するようにその解釈を為すべきものである。而して「営利目的」が加重拐取罪の要素として立法された理由として先に説明した行為の違法性等の増大ということは、これまた既に述べたとおり、その動機が営利に存することから一様に滲出して来ることであつて、その利益を取得する手段が被誘拐者の身体を直接利用しようとする場合であるとそうでない場合であるとによつて差異を来すものではない。殊にその実害に到つては、個々の事案によつてそれぞれ異るのは勿論であるが、後者の場合は前者の場合よりも大であることもあり得る。然らば、「営利の目的」における営利を被誘拐者の身体を直接利用して遂げようとする場合に限ることは到底之が立法された精神に副う所以ではないから、右の見解には賛成できない。而して被誘拐者を人質にとつて身代金を要求することは、被誘拐者を誘拐している状態を利用し、この状態を解く代償としてその父母その他の保護者より金員を交付させようとするものであつて、その行為の動機として財産上の利益を収得しようとしているものであることは言を俟たないから判示一の所為は刑法第二百二十五条の営利誘拐罪に当るものと言わねばならない。と説明し「犯人に営利の目的」がある以上は総て刑法第二百二十五条の加重拐取罪になる、何となれば「略取誘拐が営利の動機で行われる場合には、犯人は被誘拐者を利益追及の単なる手段、道具とするの結果、その支配の仕方において右の意図のない場合に比し遥かに被誘拐者の自由に対する侵害が強大となり、その生活条件を悪化せしめる危険性を帯びる」(中略)故に、営利の動機に出でるときは更に之が加重され行為者の反社会乃至道義的非難性が増大することを認めたためと解され」るとして、之を刑法第二百二十四条の未成年者誘拐罪と切り離すべきである。即ち、営利の目的を動機とすることは他の如何なる動機よりも反社会性乃至道義的非難性があるから加重罪を以て臨むべき立法の趣旨だと解されるというのである。しかし、例えば現職の内閣総理大臣の政策を非難攻撃し、延いて内閣を転覆せんが為に、右大臣の未成年の子又は孫を誘拐して辞職せざるに於ては危険の生ずべき旨を通告して脅迫するが如き場合に於て金員の為に一子トニー谷の幼児を誘拐する場合と比較して何れが反社会性乃至道義的非難が大きいであろうか。しかるに、この場合は刑法第二百二十四条を以て律し、トニー谷の一子正美の場合は加重誘拐罪を以て律するということはそこに非常に大きな矛盾が起ることを知らねばならない。

次に、原判決は刑法第二百二十五条が「営利、猥褻又は結婚の目的を以て人を略取又は誘拐したる者」として、猥褻又は結婚の目的というように被誘拐者の身体を直接使用して利益を得ようとする行為と「営利の目的」とを併記した点に疑問があるとし、前者は専ら「被誘拐者の性的自由を侵害する虞のある誘拐という点にその違法性等増大の主たる事由あるが為に加重罪となしたのであるが、それあるが故に「営利の目的」の為の誘拐が被誘拐者の身体を直接使用する場合のみに限られるよう誤解を受けるに至るのであると説明して居る。原審の此の見解は全く立法史を無視したる恣意的解釈であるといわねばならない。抑もわが国の刑法に於ける略取誘拐の罪に関する規定は次の通りの変遷をたどつて居る。一、明治十三年七月十七日太政官布告第三十六号 旧刑法第三編第一章第十節 第三百四十一条 十二歳ニ満タサル幼児ヲ略取シ又ハ誘拐シテ自ラ蔵匿シ若クハ他人ニ交付シタル者ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処シ十円以上百円以下ノ罰金ヲ附加ス 第三百四十二条 十二歳以上二十歳ニ満タサル幼者ヲ略取シテ自ラ蔵匿シ若クハ他ニ交付シタル者ハ一年以上三年以下ノ重禁錮ニ処シ五円以上五十円以下ノ罰金ヲ附加ス 其誘拐シテ自ラ蔵匿シ若クハ他人ニ交付シタル者ハ六月以上二年以下ノ重禁錮ニ処シ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処ス 二、明治二十三年改正刑法草案第三編第一章第三節 第三百二十四条 十二歳ニ満タサル幼者ヲ略取シ又ハ誘拐シタル者ハ二年以上五年以下ノ有役禁錮及ヒ十円以上百円以下ノ罰金ニ処ス 第三百二十五条 満十二歳以上二十歳ニ満タサル幼者ヲ略取シタル者ハ一年以上三年以下ノ有役禁錮及ヒ五円以上三十円以下ノ罰金ニ処ス 三、明治三十四年刑法改正案第二編第十二章第三節 第二百六十三条 父母又ハ其他ノ監督者ノ承諾ナクシテ未成年者ヲ拐取シタル者ハ五年以下ノ懲役ニ処ス 偽計又ハ威力ヲ用ヒ父母又ハ其他ノ監督者ノ承諾ヲ得テ拐取シタル者亦同シ 前二項ノ行為営利、猥褻又ハ結婚ノ目的ニ出タルトキハ十年以下ノ懲役ニ処ス 第二百六十四条 営利、猥褻又ハ結婚ノ目的ヲ以テ偽計又ハ威力ヲ用ヒ人ヲ拐取シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス 四、昭和十五年刑法改正仮案第二編第三十四章 第三百七十六条未成年者ヲ略取又ハ誘拐シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス 第三百七十七条 営利ノ目的ヲ以テ人ヲ略取又ハ誘拐シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス 猥褻ノ目的ヲ以テ人ヲ略取又ハ誘拐シタル者亦前項ニ同シ 第三百八十二条 結婚ノ目的ヲ以テ人ヲ略取又ハ誘拐シタル者ハ七年以下ノ懲役ニ処ス

右明治初年以後昭和の刑法改正仮案に至る迄の過程に於て営利の誘拐罪が加重誘拐罪として考えられ出したのは明治三十四年の刑法案に於てであつた。而も同案に於ては犯人が自己の利を図る手段として用いる場合と被誘拐者の身体を利用して利益を得る場合とを区別し前者と後者とを別条によつて規定して居る点から見ても営利の観念に二様あつて現行刑法第二百二十五条の規定中にも営利の場合のあることが明らかとなり明治三十四年案の第二百六十四条第三項に該当するものが含まれていることは一点疑う余地がないといわねばならない。しかるに、現行刑法第二百二十四条が概括的に未成年者誘拐を規定して居るが故を以て利を営むが為の誘拐行為を総て刑法第二百二十五条の営利誘拐を以て問疑したる原判決は全く立法の経過を無視したるものといわねばならない。原判決は昭和十五年の刑法改正仮案が営利誘拐罪、猥褻ノ目的ニヨル誘拐罪及ヒ結婚ノ目的ニヨル誘拐罪の三種の誘拐罪を個々に規定したることを以て営利誘拐罪の範囲の広きことを明確にしたものと説明して居るが之は全く誤解である。

抑も刑法は罪刑法定主義の原則の上に立つて居ることは今更いうまでもないが例えば、緊急避難に関する刑法第三十七条に於て緊急避難行為を認めらるる点を生命、身体、自由、財産に限つて居るが如く、刑法に於ては例示的規定を設けるべきものではない。刑法に於て例示規定を設けると容易に類推解釈、拡張解釈が認められ裁判のフアシズムを招来することとなり国民の不安は無限となる。しかるが故に、緊急避難の規定も例示説が排斥せらるる所以であるが、刑法第二百二十五条の規定もその例をもれず、被誘拐者を営利の目的に用うる為に誘拐し、猥褻の目的の為に、又結婚の目的の為に用うる場合に限られたもと見なければならない。原判決は「営利の目的」とは自己または第三者のために財産上の利益を得ることを行為の動機としている場合をいう意味であつて、その利益を取得する手段、方法については何等の制限はないと解すると説明して居る。之は原判決が営利の目的は継続的たると一回丈けとを問わないとの前提に立つて居るようである。勿論営利の目的は継続的に利益を得るの目的たるを必要とするものにあらば従つて一回の手数料を得ることを目的とする場合に於ても刑法第二百二十五条の成立はあり得る(泉二日本刑法論各論第六二六頁、大正九年(れ)第一九〇号判決)。しかし之を以て直ちに、営利の目的の下に行われた行為は総て刑法第二百二十五条の規定の範囲に属すると断定することは立法の経過、行為の態様を無視した独断的拡張解釈であり罪刑法定主義に反するものといわねばならない。

刑法第二百二十四条及び同第二百二十五条の関係殊に営利の目的に関する規定は極めて不明である。従つて之を明確にするには立法を俟たねばならないことは明治三十四年案及び本件発生と共に参議院に於て誘拐罪に関する加重法案の提出されたことでも明かである。之、全く裁判上類推解釈及び拡張解釈を為すの危険を考慮しての結果に外ならない。

以上の如く本件被告人の行為は刑法第二百二十四条によつて解釈されるべきものなるに拘らず、拡張解釈して之を営利誘拐罪なりと断定し刑法第二百二十五条を適用したることは明かに法令の適用を誤りたるものであるから速やかに原判決を破棄して刑法第二百二十四条に基き判決せらるべきであると信ずる次第である。

被告人の控訴趣意

(法令の適用の誤を主張する点) 次に之が今回の控訴趣意書の尤も根本的な理由になると存じますが、第一審の裁定では私の犯行に対し営利誘拐罪として判決を下された次第でありますが、私の犯した動機や実施課程も考慮いたしまして誘拐罪が至当であると確信致す次第であります。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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